下村勇二監督

【『狂武蔵』下村監督インタビュー】坂口拓と組むと真逆のことをやってしまう。

8月21日より映画『狂武蔵』が公開となる。9年間日の目を見ぬまま眠っていた幻の“侍映画”の追加撮影を行い、劇場公開へと道筋をつけた、『キングダム』などのアクション監督としても知られる下村勇二監督に、その経緯と思いを伺った。

本作は、9年前に、坂口拓がたった独りで400人の相手を斬り捨てるという前代未聞かつ実験的とも言えるアクションを、77分ワンシーン・ワンカットで撮影されたものがベースとなっている。
当時の撮影で、坂口拓は指と肋骨を骨折しながらも、最後まで狂武蔵を演じきった。しかし撮影後、坂口拓は、気力を使い果たしたことを主な理由に俳優を引退し『狂武蔵』は日の目を見ずに倉庫に眠ることとなった。そして、旧友の下村勇二監督や、下村がアクション監督を務め、坂口が左慈役を演じた『キングダム』に主演した山﨑賢人らから背中を押される形で、2019年3月に山﨑賢人ら出演のドラマ部分を追加撮影してついに作品として完成、2020年8月21日より全国42館にて公開となった。前売りチケットは、作品公式サイト(https://wiiber.com/)まで。

下村勇二監督インタビュー

下村監督と坂口拓が出会ったのは、下村監督が1995年に上京して、フリーのスタントマンをやりながら、自主映画を作っていた頃。その時の監督の知り合いが連れてきたのが坂口拓で、それをきっかけに一緒に自主映画を作るようになった。
ただ、同じアクション映画を志しながらも、下村監督はエンタテインメント性を求め、坂口拓はリアリティを求める。また、下村の初監督作品『デス・トランス』(’05)で坂口が主演するなどあったが、お互いがそれぞれアクションチームを持っていたこともあり、お互い仕事での接点が無いままの空白の時間が過ぎ去った。
その後、『RE:BORN』(2017/下村監督)の製作を経て2人の絆は深くなったという。その理由として、下村監督は、「(製作過程が)戦場のような作品を一緒に乗り越えることができた戦友のような気持ちになった」と振り返る。

下村勇二監督

下村勇二監督

■下村監督にとってのアクション映画とは?

– 坂口拓さんは映画におけるアクションにもリアリズムを追求されることで知られていますが、下村監督は映画におけるアクションはどのように捉えられていますか?

下村勇二監督
作品によりますよね。その作品のジャンルなど。ただ、坂口拓と組む時だけは、残るものを作りたいなっていうのはあります。他の人ができない、坂口拓しかできないものを引き出して一緒に作っていきたい。
坂口拓は命を削ってやるので、僕もその覚悟でやる。だから、その時の流行りのアクションをやるんじゃなく、自分たちがやりたいものをやり、後に残るものを作るという気概でやってます。

下村勇二監督

下村勇二監督

– 逆を言えば下村監督は、作品に合わせて柔軟な対応をされる方なんだなと感じました。

下村勇二監督
そう、僕はもともとジャッキー・チェンが好きだったんです。香港映画が大好きだったんですよ。それがきっかけでスタントマンになって、ドニー・イェンとも一緒に仕事をさせてもらったりしました。
昔のアクション映画って、僕が憧れたように、カッコよくて観て楽しんで、勇気がもらえる作品が多かったと感じるのですが、アクション映画って、坂口拓が言うことと真逆なんですけど、リアルなものになりすぎると、「アクション=暴力、残酷」という印象を与えるじゃないですか。特に若い世代の人たちに。
だから、僕としては、アクション初心者の人たちには、エンタテインメント性を考えて受け入れやすいものを作りたいと思っています。
ただの暴力ではなく、戦うことに意味があり、アクションが格好良いと思ってもらえることを意識して作品を作っています。
ただ、坂口拓とやる時だけは真逆なことをやってるんですよね。なぜか(笑)
他の作品では、役者さんが良く見えるようにアクションを考える。でも、坂口拓の時は、彼のポテンシャルを引き出したいと思い、彼を追い込みます。坂口は普通の役者じゃできないことをやってくれるので。
なので、坂口とやる作品は、一般のお客さんを置いていくようなものが多いんですよ。

■リアリティとエンタテインメントのバランス

– なるほど。でも例えば『RE:BORN』での下村監督のインタビューを拝読すると、坂口拓さんと坂口さんが師事する零距離戦闘術の考案者・稲川義貴さんのアクションがリアルすぎるがこそ、動きが早すぎて、映画として成立せず、撮り直したとおっしゃってます。坂口さんらが追求する「リアリティ」と、一方で、映画として成立させる観点と、そこのバランスを下村監督はどのように撮ろうとお考えになってますか?

下村勇二監督
まず、稲川先生は映画の世界とは無縁の方でした。また特殊なお仕事もされているので、我々民間人との感覚とも違うところがあって、まず、映画撮影の現場としてコミュニケーションを取ることの苦労が最初にありました。
稲川先生の世界では映画監督なんて関係ない。先ずは先生が僕のことを“指揮官”として認めてくれないと任務は遂行できないと。そのストレスがすごくて最初は体調も悪くなるほどでした。
そして、最初の撮影では、稲川先生と坂口拓の動きが早すぎて、何をやっているのかまったくわからない。撮影カメラも追いつかない。稲川先生は普段、ミリタリーで格闘術を教えてます。森のシーンの撮影では、相手に見えないように敵を倒されるので、ほんとに見えなくて、気づいたら誰かを倒していて、カメラにはなにも収録できていないっていうこともありました。
で、僕が「これだと成立しないので、もう1回お願いします。」って言ったら、稲川先生が「こっちは殺し合いをしてるんだ!殺し合いを2度できるか!」と。
そこから、時間をかけて、お互いの信頼関係を築いていって、稲川先生にも映画として見せるアクションというものをご理解いただき、半年後にほとんどのシーンを撮り直すことになりました。
たとえば、ほんとなら一撃で終わるアクションも、映画を見てる人がわかりやすいように、3手、4手くらいに増やしてやっていただけることもありました。さらにそれを坂口拓の動きにも合わせたものを稲川先生は作ってくださって。

– そういう意味では、坂口拓さんはもともと映画畑の方ですから、リアリティを求める中でも、映画という観点でどう見せるか?という点については下村監督とは方向性は合っているという理解でいいですか?

下村勇二監督
はい。方向性は合ってますね。一般的な坂口のイメージって破天荒で、わがままそうに思われるんですが(笑)、撮影では一切文句を言わないんですよ。撮影に入ったら「監督のことを信用するよ」って、こちらが言うことを全部受けてひたすらやってくれるんです。その辺りはすごくやりやすいです。

下村勇二監督

■最初のうちは正直つまらないなって思った。

– 下村監督が『狂武蔵』の元の映像を最初にご覧になったのは坂口拓さんのご自宅だと伺いました。

下村勇二監督
はい。坂口が映画『地獄でなぜ悪い』(2013年/園子温監督)に出演したあとくらいかな。彼の家に食事に誘われた時に、「これ見てよ」って見せてくれて。もちろんその時は効果音も音楽も何もない状態。撮影当時の素材でした。で、最初観始めた時は正直つまらないなって思いましたね。
ただ、30、40分くらい経った頃から、闘い方が変わってきたんです。精神的にも体力的にも限界を越え疲労困憊の中、無駄な力が抜け、瞳孔も開いて闘い方が変わるんです。
それまで一人一人を見て闘っていたのが、もう何も見ていない。気配だけを感じて本能で斬っている。明らかに何かの“ゾーン”に入ったんだなということが見て取れました。

坂口拓(77分カット)

坂口拓(77分カット)

– 下村監督はその時すでに映画公開しようと思われたのですか?

下村勇二監督
その時はその映像の権利が坂口が当時所属していた事務所にあったこともあり、僕もすぐに映画にしようとは思いませんでした。
ただ、坂口自身が『狂武蔵』がきっかけでいったん俳優を引退するほど、ずっと『狂武蔵』のことを引きずっていて、それは『RE:BORN』の時もそうでした。もしこのまま『狂武蔵』がお蔵入りになると、作品に関わった人たちもそうですし、坂口自身も報われないなって思うようになり、どういう形になるかわからないけど、なんとか復活させたいなという気持ちはありました。

坂口拓(77分カット)

坂口拓(77分カット)

■山﨑賢人くんは漢気がある人。

– 先ほど、アクション映画にもエンタテインメント性を求めたいとおっしゃってた下村監督が、『狂武蔵』の映像素材を“映画作品”としてどのように調理されようと算段されましたか?

下村勇二監督
最終的には、前後にドラマ部分を追加撮影することになりましたが、最初は、「アニマルプラネット」や「アース」のように、例えば斎藤工君にナレーションを入れてもらって、「今、武蔵が動き出した」「今、武蔵はこういう心境だ」みたいに。そういうのを考えたりもしました。
なにしろ、77分のアクションカットを途中で切ってしまうと意味がないので、なんとかこれを生かそうということで考えたわけです。

– そうして、最初の撮影から7年後にドラマパートの追加撮影で苦労された点について教えて下さい。

下村勇二監督
30年ぶりに再会した太田Pが『狂武蔵』の権利を買い取り、そして映画化にあたって足りない予算をクラウドファンディングで募ったんですが、予想以上に集まりました。
これだけ応援して期待してくれてる方々がいらっしゃるなら、単に音楽と効果音を付けるだけじゃ物足りないなと考えるようになりました。
それで、武蔵が77分間闘っている意味を少しでも感じてもらうために、ドラマパートを追加撮影することになったわけです。
それがちょうど『キングダム』の公開前でイベントや宣伝で忙しい頃なんですが、この話を山﨑賢人くんにしたら熱く賛同してくれて、「出たいです!」って言って、その場で直接マネージャーに電話してくれて彼の出演が決まりました。
彼は、思ってる以上に心は“漢”なんですよね。漢気がある。単に仕事ではなく、“思い”で一緒にやってくれる人です。
賢人くんのように“思い”で賛同してくれる人が出演してくれたことが大変嬉しいですね。

山﨑賢人

山﨑賢人

■追撮部分のアクションについて

– 追加撮影部分のアクションはどのように作り上げられたのでしょうか?

下村勇二監督
今回も稲川先生に参加していただき、僕のやりたいことと稲川先生の剣術指導を合わせて、そして坂口拓が動くというやり方で作りました。
稲川先生は元々剣術家の家のお生まれで、稲川先生の剣術はすごく美しいんですよね。実は、『狂武蔵』の9年前の撮影の時も、坂口は稲川先生から3つだけ技を教えてもらったそうです。
そして、今回の追加撮影にもまた稲川先生に参加していただいたというわけです。稲川先生のおかげで、現場の空気が引き締まり、エキストラの方々にも喝が入って、こちらとしてはありがたかったですね。

坂口拓

坂口拓

– 山﨑賢人さんと稲川先生との出会いはその時が初めて?

下村勇二監督
いえ、『キングダム』のアクション練習をここ(下村監督のスタジオ)で賢人くんがやっていた時に、稲川先生が別件で訪れることがあって、その時稲川先生の体験談を聞き『キングダム』の合戦シーンに活かせたらとか、そういう話もしてました。

坂口拓/山﨑賢人

坂口拓/山﨑賢人

■“侍映画”として続編を作りたい

– 8月5日の完成披露無観客イベントで下村さんは、『“侍映画をやりたい”と坂口とはずっと言っています。実はこの『狂武蔵』は次回作る“侍映画”の序章でもあり、次回作には山﨑賢人くんにも是非出てもらいたいと思っています。』とおっしゃってました。これは明確に『狂武蔵』の続編構想があるということでしょうか?

下村勇二監督
はい。具体的な内容はまだ決まってませんが、侍映画として面白いネタはいろいろ考えています。

– 先ほど、稲川先生の剣術が美しいとおっしゃってましたが、それをスクリーンで坂口拓さんや山﨑賢人さんが披露してくれる侍映画を期待してしまいますね。

下村勇二監督
そうなんです。今、世界で“侍俳優”として認知されている現役の日本の俳優ってあまりいないじゃないですか。坂口拓には是非そう認識される俳優になってもらいたいですし、日本の剣術や武道を感じられる映画作品にしたいですね。日本にはこんなにも強い侍がいたんだぞって。
あと、『狂武蔵』のエンドロールに、ある文字が浮かび上がります。あれは実はその侍映画のタイトルなんです。

下村勇二監督

■坂口拓から“感謝”という言葉が出るようになった

– さて、9年前に『狂武蔵』を撮られて以降、坂口拓さんの内面で成仏されないまま抱えられてきたものが、今回映画作品として公開されることで、その呪縛は浄化されそうでしょうか?

下村勇二監督
そうですね。浄化されつつあるのかなと思います。単に映画化されて世に出ることになったというだけでなく、映画化が実現したことで、坂口を取り巻くいろんなことがクリアになったこともありますから。あとは公開されてからいろんな人に『狂武蔵』を知ってもらうことですね。

– 先日、坂口拓さんにインタビューさせていただいた時、「俺は9年前に死んでるんだ。今日あなたがインタビューしてる相手はサイボーグだと思ってください」っておっしゃってました。

下村勇二監督
(笑)
ただ、8月5日のイベントで坂口が“感謝”っていう言葉を言ってたんですよ。当時のスタッフや今回映画化に尽力した人たちに向けて。
坂口が“感謝”って言ったのはこれまであまり聞いたことがなかったんですよ。今回の映画化でいろんなことが彼の中で修繕され、客観的に見れるようになって、“感謝”という思いに至ったんだろうなって思っています。

■最後にメッセージ

– 最後に改めて、これから映画をご覧になる方に、メッセージをお願いします。

下村勇二監督
普通のアクション映画を期待して観ると、裏切られたと思うかもしれません。
派手なアクションも複雑なストーリーもありません。そこには坂口拓の生き様、ドキュメントが映し出されています。それを観ることによって、勇気をもらえたり、背中を押してもらえる作品なのかなと思います。

下村勇二監督

[写真・インタビュー:Jun Sakurakoji/場面写真クレジット:(C)2020 CRAZY SAMURAI MUSASHI Film Partners]

下村勇二監督プロフィール
アクション監督、映画監督。
倉田アクションクラブを経て、フリーのスタントマンとして活動。 その後、香港のアクション俳優兼監督のドニー・イェンに師事。
ユーデンワレームワークス代表。映画、CM、ゲームなど幅広いジャンルでアクションを演出。 主なアクション監督作品に『GANTZシリーズ』(’11)、『ラッキーセブン』(’12)、『図書館戦争シリーズ』(’13)、『アイアムアヒーロー』(’16)、『BLEACH』(’18)、『キングダム』(’19)他。ゲームのムービー監督に『ベヨネッタ』(’09)、『デビルメイクライ5』(’19)、他。 監督作品に坂口拓主演『デス・トランス』(’05)、坂口拓の復活を願って作った『RE:BORN リボーン』(’17)がある。
http://udenflameworks.com/team/#member-50

下村勇二監督

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映画『狂武蔵』

STORY
1604(慶長9)年、9歳の吉岡又七郎と宮本武蔵(坂口拓)との決闘が行われようとしていた。
武蔵に道場破りをされた名門吉岡道場は、既にこれまで2度の決闘で師範清十郎とその弟伝七郎を失っていた。
面目を潰された一門はまだ幼い清十郎の嫡男・ 又七郎殿との決闘を仕込み、一門全員で武蔵を襲う計略を練ったのだった。
一門100人に加え、金で雇った他流派300人が決闘場のまわりに身を潜めていたが、突如現れた武蔵が襲いかかる。
突然の奇襲に凍りつく吉岡一門。そして武蔵 1人対吉岡一門400人の死闘が始まった!

場面写真&ポスタービジュアル

[(C)2020 CRAZY SAMURAI MUSASHI Film Partners]

出演:TAK∴(坂口拓)、山﨑賢人、斎藤洋介、樋浦 勉
監督:下村勇二
原案協力:園 子温
2020年/91分/16:9/5.1ch
企画・制作: WiiBER U’DEN FLAME WORKS 株式会社アーティット
配給:アルバトロス・フィルム
(C)2020 CRAZY SAMURAI MUSASHI Film Partners
公式サイト:https://wiiber.com/

予告編

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メイキング映像

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2020年8月21日(金) 新宿武蔵野館ほか全国ロードショー

狂武蔵

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