表現の現場での平等を奪い、ハラスメントに繋がるジェンダーバランス偏重の問題。「ジェンダーバランス白書2022」発表記者会見
2022年8月24日、厚生労働省記者会見場にて、『表現の現場における「ジェンダーバランス白書2022」発表記者会見』が行われ、映画、美術、演劇などの分野にジェンダーバランスの極端な偏りが明白となり、それが表現の世界において、ジェンダーの理由による活動や評価への弊害に繋がっていることを示唆する調査結果が「表現の現場調査団」により発表された。
表現の現場調査団は、2020年11月、表現に携わる有志により設立。現在、美術や映画、演劇など各分野における、表現者や研究者など16人のメンバーで構成されている。
会見レポート
2020年度には実態調査に基づいた「ハラスメント白書2021」が発表され、深刻なハラスメントが多く発生していることが明らかになった。最近、映画業界におけるハラスメント問題が多く報道されているのは周知だ。その傾向は、映画以外の表現の分野においても同じで、「身体を触られた」、「望まない性行為を強要された」などの性的ハラスメント、言葉の暴力や身体的暴力を加えられるパワーハラスメント、表現分野の教育現場で起こるアカデミックハラスメントなども非常に深刻な問題となっている。
そうしたハラスメントの大きな一因として、ジェンダーバランス(男女比率)の不均衡があげられるのでは?ということで、今回の調査結果の発表となった。
この日の記者会見に登壇したメンバーは次の通りで、それぞれが調査した結果が順番に報告され、最後に荻上チキが総評を述べる形で進行された。
・美術分野/ホンマエリ(アーティスト、アートユニット「キュンチョメ」)
・文芸分野/小田原のどか(彫刻家、美術家、評論家)
・演劇分野/森本ひかる(アクタートレーナー・ファシリテーター)
・映画分野/深田晃司(映画監督)
・教育分野&まとめ/田村かのこ(アートトランスレーター)
・全体総評/荻上チキ(社会調査支援機構チキラボ代表)
各分野で共通しているのは、男性優位な状況が継続していることが判明。すなわち、男性が審査し、男性が評価されやすい、という業界が多いのだ。
教育機関においても、大学や分野によって大小こそ異なるものの、総じて、学生、時には講師では女性の方が多いにも関わらず、学長、教授、准教授、などは男性に偏っており、男性中心であり続けていることが明らかになった。
潜在的な表現者は女性の方が多いにもかかわらず、実際の指導者、審査者、発表機会確保者に男性が多いというデータは、より多くいるはずの女性表現者が、ジェンダー不平等な構図の中でドロップアウトさせられやすい現状が浮き彫りになった形だ。
荻上チキは、「今回の調査で、各分野において、男性が育てて男性が育つ、男性が評価をして男性が評価される、という構造が存在していることが明らかになりました。ただ、こういった調査・議論をすると、『気にしすぎだ論≒何が問題なのか論』『競争原理による実力勝負の結果でしょ?』という意見が出がちですが、各表現分野を尊重する人であれば、「“ガラスの天井(*)”によって、世の中に存在したかもしれない豊かな作品が消されてきた」ことに、憤りを抱くことができるのではないでしょうか。 」と投げかける。
すなわち、表現の世界に自由を求めて来る人がいても、実際は一般社会と同じ傾向、すなわち男性偏重のアンバランスな壁が立ちはだかって、表現の世界ならではのハラスメントが横行し、そして「表現の評価」も偏って、ジェンダーを理由に先に進み難い現実があるのだ。
そして、教育現場についてもジェンダーバランスを見直し、多様な表現の可能性を育てることに繋げてほしい、そして指導する立場からのさまざまなハラスメント撲滅にも繋げてほしいと荻上チキは訴えた。
*ガラスの天井(英語:glass ceiling)・・・資質・実績があっても女性やマイノリティを一定の職位以上には昇進させようとしない組織内の障壁を指す。(Wikipediaより引用)
■五大文芸誌主催の評論賞は、審査員・受賞者ともに、ほぼ100%男性
五大文芸誌(『群像』『新潮』『すばる』『文學界』 『文藝』)主催の評論賞は、審査員・受賞者ともに、ほぼ100%男性が占めており、評論分野では男性中心に成り立っていることが調査結果には端的に現れており、判断基準の偏りが是正されにくく、多様性が担保されないことが懸念される。
一方で、同じ文芸分野でも小説領域では、おおむね審査員の男女比がジェンダー平等に近づきつつあるということもわかった。
■日本アカデミー賞など映画賞の分野においても男性優位
日本アカデミー賞、毎日映画コンクール、キネマ旬報ベストテン、東京国際映画祭など、19団体の調査結果では、審査員の男性比率は74.3%、受賞者の男性比率は82.4%(男優賞、女優賞などのジェンダー別賞は除く)。
本調査結果を発表した映画監督の深田晃司は、この結果の要因のひとつとして「マタイ効果」という社会用語を例に挙げた。すなわち、「条件に恵まれた研究者は優れた業績を挙げることでさらに条件に恵まれる」現象のことで、映画業界においても、一度実績を上げると、更にそこに資金が集まりやすくなる。映画製作は、数千万円から数十億円と予算規模が特に大きくなる芸術分野であるため、経済的なリスクヘッジからプロデューサーは、実績のある監督、スタッフに任せがちなのだ。
19世紀末の映画誕生の瞬間から、男性偏重がずっと続いている映画業界では、実績を作りやすいのも男性。そうすると、大きな作品を任せてもらえる女性監督が必然的に少なくなってしまうのだ。
また、こういったジェンダーバランスの偏重は、日本映画の撮影労働環境の劣悪さも要因のひとつとなる。子育て支援の乏しさなども、女性が映画業界でキャリアを積む上での高い障壁になっていると思われる。こうして、立場上上位にいる者に男性が多いがために、セクハラにしても、男性から女性への加害が圧倒的に多くなる。
■音楽の分野でも同じ傾向に。
▼“クラシックおじさん”など性的搾取が疑われる現実も。
音楽の分野でもジェンダーバランスの不均衡が明らかになった。一見、女性も活躍しているように見える音楽業界でも、「指揮者・音楽監督」「コンサートマスター」「主席・副主席」「インスペクター」「審査員」「学長」など、決定権を持つ人、リーダー役、選ぶ人は男性に偏っている。
クラシックの分野で演奏家として活動するある女性の意見によると、『美女の出演者が必要だ』という理由で、若い女性演奏家が、露出の高い衣裳で演奏させられることもあるという。同時に“クラシックおじさん”の存在の指摘も。
“クラシックおじさん”とは、演奏会終演後のロビーでドレス姿の女子学生と2ショットで写真を撮ったり(握手を求めたり、肩に手を回す者もいる)することを求めてくる男性の存在だ。「若い」「女性」であることを「年長者」や「男性」に搾取され、鑑賞物として扱われる出来事が多いという。一方で、将来的な指導者などの責任ある立場にはなりにくい現状があるのだ。
なお余談になるが、“◯◯おじさん”などの若い女性を求める現象は、音楽においては、ライブハウスなどでの終演後のサイン会やチェキ会でも見られるし、映画の世界でも、“女優おじさん”の存在がある。ミニシアターなどで上映される自主制作系映画作品に見られる傾向だが、こういった作品は、興行収入を増やす一環として、出演者が上映後の劇場ロビーで待機して、観客に直接挨拶したり、握手会やサイン会のようなことが行われることがあるが、出演者に若い女優がいるとこの傾向が強くなる。
■演劇、デザイン、建築、写真の分野でも。そして少し傾向が違う漫画分野。
デザイン、建築、写真、演劇の分野でも、選ぶ側、指導者側の男性比率は平均して8割前後と圧倒的に高く、同じような傾向が見られる。特に、役員や監督など“力”を持つ立場に就く者に男性が多い。
森本ひかる(アクタートレーナー・ファシリテーター)は、「演劇界におけるキャリア形成に関わる重要な機会が男性優位な環境にあることがわかりました。同時に、既存の差別的な意識に基づき⼥性を描く作品が増えてしまう可能性があります。それは作品を見る観客の意識化に刷り込まれ、同じことが再生産され、社会全体の“当たり前”になってしまいます。」と訴える。
一方で、AAF戯曲賞、劇作家協会新人戯曲賞、演劇人コンクールなど、ジェンダーバランス均等化への取り組みも見られるが一部にすぎないため、演劇界全体での継続的な取り組みが必要だとも。
自身も演劇界に身を置く森本は、「これまで私が演劇界に居場所を見つけられないのは自分の才能の問題だと思っていました。なぜなら、同様のキャリアの男性は、指導的立場の男性に気に入られ、仕事の機会を得ていくところを、いつも外側から見てきたからです。でも、こういった経験は今回の調査結果により、私のみに起きているのではなく、男性でない演劇人に広く起きていることだと明らかになりました。こういったことを根本的に解決し、性別や立場を問わず協力して取り組んでいけるようになりたい。」と続けた。そして、そのためには、今回の調査結果が、演劇界においても広く知られるようになってほしいとの願いも語った。
そういった中で、漫画分野だけは傾向が少し違っていて、各賞によって大きく偏りはあるものの、漫画分野5団体合算すると、審査員の男性比率は64.5%、受賞者の男性比率は42.3%(性別非公開が16.9%)。
漫画家・坂井恵理が寄せたコラムによると、漫画業界は「売れたもの勝ち」の世界で、いわゆる「枕営業」や「コネ」が成立しにくいのだという。ただし、編集者から作家へ、漫画家からアシスタントへの、セクハラやパワハラは残念ながら存在する。
ただ、データからは見えないジェンダーギャップは漫画業界にも存在する。漫画家という労働環境でも、家事、育児なども考えると、男性の方が働きやすい、女性なら独身になりがちという傾向がある。今回の調査で「性別不明」が16.9%もあったのは、仮に女性作家であっても男性名や性別不明のペンネームで執筆し、自分の性別を特定したくないためで、読者が描き手の性別によって評価を変えることを避けたい想いがあるからだという。
■まとめ「公平で多様性が担保された場に変えていくことに調査結果を活用してほしい」
田村かのこ(アートトランスレーター)
今の風潮として、「ジェンダーバランスの改善が進んでいる」という認識を持っている人もいるかもしれませんが、一方で「女性は3割いれば十分ではないか」という傾向も見られます。
女性の立場からすると、学生として学ぶ段階から、指導者は男性が多く、自分の将来のロールモデルを思い描きづらいこと、女性としてのアイデンティティを表現に取り込めば、「自分たちは男だから評価できない」と言われます。
卒業後の各コンペでも審査員の男性偏重により、さらなる作品発表の機会に繋がりにくい。こうした不公平な構造が幾重にも待ち構えていることにより、それらひとつひとつを打破するだけでも相当な労力が奪われ、やっと発表の機会につなげても、「女性アーティスト」という括りで呼ばれるという現象が待っています。
自分の表現で評価されたいのに、実力で勝負したいのに、それ以前のことで、自分が選んでもいない“性別”で様々な判断が下され、土俵にすら上がれない悔しさを是非想像してみてください。
そして、我々だけで今後何かを変えられるとは思っていません。ただ、今回提示したデータが、皆さんの「こうした現状を変えたい」という想いに繋がり、変化を起こす行動の後押しになることを願っています。
特に指導者の立場にある方々、組織を変えられる役職に就いている方々、権力を持っている方々、是非今回のこのデータを御覧いただき、新たな組織や環境を、より良い表現が生まれるような、公平で多様性が担保された場に変えていくことに活用していただければと思います。
また、男性が悪いのだというデータではありません。男性の実力や能力を疑うものでもありません。表現の現場が実力勝負だと言うなら、審査員や教授の比率が男女同数になっても、男性の表現者にとっても問題は無いはずです。なぜ今そうなっていないのか、もう一度お考えいただければと思います。
なお、今回の会見で示された「ジェンダーバランス白書2022」のPDF版は下記公式サイトからダウンロードできる。
表現の現場調査団公式サイト:https://www.hyogen-genba.com/
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