【コラム】「人は、なぜ他人を許せないのか?」SNSでの行き過ぎた誹謗中傷のメカニズム
SNSでの行き過ぎた誹謗中傷が原因とされる事件が後を絶ちません。それは芸能人に対してだけでなく、一般人同士、または政治思想の違いによる対立など、あらゆるケースで起きています。すなわち「他人を許せない」人がその感情を抑えられず行動してしまうこと。直近で言えば「自粛警察」「正義マン」などと言われる行動原理もそのひとつかもしれません。
そんな「他人を許せない」状態に陥り、他人を攻撃し続けることをやめられない人がいます。なぜやめられないのでしょうか?「正義だから当然」なのでしょうか?
一方で、そういった「他人を許せない自分」に苦しさを感じてる人もいるかもしれません。「なぜ私はこれほどまでに他人を許せないのか?」と。
本コラムでは、そういう方にとって、ひとつの解決策になるかもしれない書籍を紹介します。
それは、脳科学者・中野信子氏の『人は、なぜ他人を許せないのか?』(アスコム)です。
中野氏は、『キレる!』(小学館)、『ヒトは「いじめ」をやめられない』(小学館)、『サイコパス』(文藝春秋)など、人間の“怒りのメカニズム”などを脳科学の観点から解き明かす書籍を多数書かれています。
その中でも今回紹介する『人は、なぜ他人を許せないのか?』では、「行き過ぎた誹謗中傷」や「不謹慎狩り」などの要因に注目して書かれています。本書を読み解くと次のとおりです。
■「我こそは正義」と確信した途端、人は「正義中毒」になる
人間にとって「怒り」とは、自分を、そして、自分が属する集団を守るためにも本来必要な機能。
ですが、それが行き過ぎた状態となって、「強い怒りや憎しみの感情が湧き、知りもしない相手に非常に攻撃的な言葉を浴びせ、完膚なきまでに叩きのめさずにはいられなくなる」人がいますが、それはなぜなのでしょうか?
有名人のスキャンダル、飲食店のアルバイト店員の悪ふざけ動画、大手企業の差別的な表現のCM等々、それらは弾劾されて当然なのでしょうか?
脳科学的には、他人に「正義の制裁」を加えると、脳の快楽中枢が刺激され、快楽物質であるドーパミンが放出されます。
その快楽に溺れてしまう、すなわち、正義に溺れてしまった中毒状態のことを、「正義中毒」と中野氏は表現します。
そうすると、自分と異なるものをすべて悪と考えてしまい、
「間違ったことが許せない」
「間違っている人を、徹底的に罰しなければならない」
「私は正しく、相手が間違っているのだから、どんなひどい言葉をぶつけても構わない」
と考えるようになります。
「自分は怒りをコントロールできている。世の中の炎上・対立を冷静に見ている」と考えている人でも、「正義中毒」が脳に備わっている仕組みである以上、誰しもが陥ってしまう可能性があると認識しておくことは大切でしょう。
■安易なレッテル貼りに注意
また、「他人を許せなくなる」メカニズムには、もうひとつ要因があります。
それは「脳の前頭葉の背外側前頭前野の衰え」です。主に加齢が要因で前頭葉の衰えが起きますが、これが進んでいくと、相手に有無を言わせず、自分の倫理だけを信じて、直情径行的に行動してしまうというようなことが起こります。
そして、前頭前野の劣化、あるいは前頭前野に楽をさせるクセがつくと、内集団バイアス、すなわち「レッテル貼り」をしがちになります。
自分たちとは違う人たちをひとまとめにして考えることは、脳にとって楽なので、「ああ、Aは○○だから」「知ってるよ、Bって××なんでしょ?」というカテゴライズ(レッテル貼り)をしがちは人は要注意。
■生物学的にも“多様性”は必要なこと
生物すべてに言えることは、種の保存のために“多様性”は担保される必要があるということです。
なにかこれまでと違う状況(環境変化など)が起きた時に、一部でも生き残るためには、“多様性”が大切なのです。
それは、人間でもあてはまります。いろいろな考えや生き方があることは、実は大切なことでもあります。
自分(自集団)を守るため、“怒り”の感情は必要です。一方で、自分(自集団)とは違うものに対して、「議論の枠を超えて人格攻撃」してしまうことは、正義中毒に陥っていたり、前頭前野の劣化に要因があるかもしれないと省みることが大切です。
■「人を許せない自分」を許せない苦しみ
許せない自分を理解し、人を許せるようになるために
こういった「正義中毒」は、本来人間の脳に備わっている仕組みではあるものの、ネット社会の広がりが、それをより強めています。
自らの正義を主張する快感を知りながらも、同時に、相手を罵ってしまう自分、相手を許せない自分を許せないと感じることがあります。
ですが、「許せない仕組み」を知ることは穏やかに生きるヒントになります。
許せない自分を理解し、人をより許せるようになるためには、脳の仕組みを知っておくことが有用なのです。
以上のように、脳科学者・中野信子氏の『人は、なぜ他人を許せないのか?』では、脳科学的な知見から「人を許せなくなっている人に」何らかの救いになるようなメッセージが提供されています。
本書に書かれている内容をもとに、「あなたは正義中毒だ」と他人を責めてしまうと、その行為もまた、「正義中毒」になってしまうでしょう。
他人を糾弾するためではなく、あくまで、自分自身が穏やかに生きるためのヒントのひとつとして本書を紹介させていただきました。
先日、別記事(リンク)でも記述しましたが、「NHKスペシャル デジタル VS リアル 第1回 フェイクに奪われる“私”」によると、人々は「嫌悪感」「怒り」に直情的に反応する傾向が強く、Twitterでは、リアルニュースに比べて、フェイクニュースは20倍の早さでまたたく間にリツイートされるという実証報告が紹介されていました。
これを見ても、「怒り」のメカニズムを知り、ひと呼吸置いて考えるという習慣を身につけることは大切なことのように思えます。
当サイトでも、エンタテインメント文化を盛り上げることを目的とし取材・記事執筆を行っていますので、こういった正義中毒に陥った状態にならないよう、自戒・自省し続けたいと考えています。
記事本文にも書きましたが、怒ることは大切な人間の機能です。ただし、「上手に怒る」こと。上手に怒ることで、自分と直接利害関係がある、会社生活、学校生活、ママ友関係の中などで、自分を守り、うまく立ち回ることができるようにもなります。この点については、中野氏の『キレる!』(小学館)を合わせ読むことで、より人間の怒りのメカニズムについて深く知ることができるでしょう。
書籍概要
タイトル:『人は、なぜ他人を許せないのか?』
脳科学者 中野信子 著
2020年1月26日発売 アスコム刊
【中野信子氏プロフィール】
1975年、東京都生まれ。脳科学者。医学博士、認知科学者。
東京大学工学部応用化学科卒業。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。
フランス国立研究所ニューロスピンに博士研究員として勤務後、帰国。
脳や心理学をテーマに研究や執筆の活動を精力的に行う。
科学の視点から人間社会で起こりうる現象及び人物を読み解く語り口に定評がある。
現在、東日本国際大学教授。
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