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第56回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭

「意図せぬ変化にこそ、映画祭の未来がある」第56回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭レポート

日本からは工藤将亮監督『遠いところ』がワールドプレミア

7月1日から7月9日(現地時間)までの9日間、チェコ共和国にて、第56回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭が開催された。日本からは、工藤将亮監督『遠いところ』がワールドプレミアとなり、工藤将亮監督、主演の花瀬琴音、親友役の石田夢実、夫役の佐久間祥朗、作品関係者が歓声に包まれながらレッドカーペットを踏んだ。

チェコ共和国の西、ドイツとの国境近くに位置するカルロヴィ・ヴァリは、首都プラハから車で90分ほどの距離にある。飲料としての“温泉”が湧き出ることでも知られる、チェコの観光地だ。カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭の歴史は長く、第二次世界大戦後の1946年に第1回を開催。これは<世界三大映画祭>のひとつであるベルリン国際映画祭よりも長く(第1回は1951年)、カンヌ国際映画祭と同年に始まったという経緯まである。歴史ある映画祭たる由縁だ。

第56回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭

<国際映画祭>の名が付いた映画祭は数多存在するが、前述の<世界三大映画祭>を頂点とする国際映画製作者連盟公認の映画祭は、ベルリン(2月)、モスクワ(4月)、カンヌ(5月)、上海(6月)、カルロヴィ・ヴァリ(7月)、ロカルノ(8月上旬)、モントリオール(8月下旬)、ヴァネチア(9月)、サン・セバスチャン(9月)、ワルシャワ(10月)、東京(10月)、タリン(11月上旬)、カイロ(11月中旬)、インド(11月下旬)、マール・デル・プラタ(11月)の15映画祭しかない。カルロヴィ・ヴァリは東京に並ぶ<世界十二大映画祭>のひとつだと言って過言ではないが、1985年にはじまった東京は今年(2022年)で第35回。映画祭の歴史や規模では、東欧最大級の映画祭であるカルロヴィ・ヴァリには敵わない。

第56回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭

それぞれの映画祭を俯瞰すると、開催時期が重複していないことが窺えるだろう。これは、「新たな才能の発見と育成」「映画作家の権威・格付け」「芸術とマーケットの両立」といった映画祭の役割が大きく影響している。その年の最高賞を決める<コンペティション>は、各々の映画祭の特色を打ち出すもの。カルロヴィ・ヴァリの場合、今年は全世界から応募のあった約1500本の作品の中から、12本を<コンペティション>作品に選出。うち9本が長編3本目以内の新人監督による作品だった。つまり、将来有望な新しい才能の発掘を目的とすることを裏付ける。

もうひとつ、国際映画製作者連盟公認の映画祭において重要なのは、応募作品が<ワールドプレミア>=<世界初上映>及び<インターナショナルプレミア>=<自国以外での初上映>であることが望ましいとされている点にある。カルロヴィ・ヴァリの応募要項には<ヨーロッパプレミア>=<ヨーロッパでの初上映>が最低条件であることが明記されている。このような点にも、各々の映画祭が「新たな才能の発見と発掘」を重視していることを窺わせるのである。

第56回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭

■工藤将亮監督『遠いところ』ワールドプレミア

第56回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭

左4人目から:佐久間祥朗/石田夢実/花瀬琴音/工藤将亮監督(『遠いところ』)

<国際映画祭>は、斯様な事情を抱えているのだが、第56回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭では12本の<コンペティション>のひとつに、日本映画が選出されたことでも話題となった。それが、2003年から森田芳光監督をはじめ、行定勲監督、白石和彌監督のもとで助監督を経験してきた工藤将亮監督による『遠いところ』(22)である。英語題を『A Far Shore』とするこの映画は、沖縄市のコザを舞台に、幼い息子と夫との3人暮らしをする17歳のアオイ(花瀬琴音)が、社会の過酷な現実に直面する姿を描いた作品。工藤将亮監督にとっては『アイムクレイジー』(19)、『未曾有』(21)に続く長編3作目となる。

世界初お披露目となる<ワールドプレミア>上映の当日(現地時間7月6日)は、工藤将亮監督、主演の花瀬琴音、親友役の石田夢実、夫役の佐久間祥朗、作品関係者が歓声に包まれながらレッドカーペットを踏んだ。メイン会場での上映は、1250席分のチケットが事前に完売。作品に対する注目度を物語る。また、20時からの上映というタイミングにも関わらず、2階席まで観客が埋め尽くすという壮観な光景が広がった。花瀬琴音は「『遠いところ』と同じような問題を扱ったチェコ映画が日本で上映されたとしても、1200席が埋まるなんてことは考えにくい。映画に対する姿勢が違うんだなと実感しました」と語っていた。

第56回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭

左から4人目から:佐久間祥朗//花瀬琴音/石田夢実/工藤将亮監督(『遠いところ』)

エンドロールが始まると、拍手喝采の嵐が巻き起こり、上映後も約8分間に渡るスタンディングオベーションで熱狂的に迎えられた。映画祭のスタッフによると、カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭でスタンディングオベーションが起こるのはとても珍しいことで、驚きを隠せない様子だった。工藤将亮監督は「自分たちが触れたことのないもの、知らないことに対する興味や喜びが凄いですよね」と振り返り、石田夢実は「観客のリアクションに驚いて、映画と観客が一体になっていると感じました」、佐久間祥朗は「根本的に映画の楽しみ方が全然違う」と上映に対する感想を述べている。上映されて以降は、キャストたちが街を歩いていると市民から声をかけられる姿を目にするようになり、「あなたは美しい強い女性ですね」との言葉を、花瀬琴音に伝える人々を散見するようにもなった。

作品選定にあたったカルロヴィ・ヴァリ国際映画祭アーティスティック・ディレクターのカレル・オフ氏は、第29回東京国際映画祭で日本映画スプラッシュ部門の審査員を務めた経験のある、日本とも縁のある人物。『遠いところ』に対しては「この映画で起こっていることは、どの国でも起こりうる問題。わたしたちが知る美しい沖縄とは異なる過酷な現実に衝撃を受けた」と評している。カレル氏が東京国際映画祭で審査員を務めた時、同じ沖縄を舞台にした新藤風監督の『島々清しゃ』(16)を観たのだという。だからこそ、自然の美しさだけではない沖縄の別の側面を『遠いところ』によって知ること、そして上映することには大きな意義があるとも語っていた。

第56回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭

カレル・オフ氏

カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭のメインコンペティション「クリスタル・グローブ・コンペティション部門」に日本映画が選出されたのは実に10年ぶりのこと。最高賞にあたるクリスタル・グローブ賞は、1958年に家城巳代治監督の『異母兄弟』(57)が輝いているが、それ以降は受賞の機会がない。そのため、『遠いところ』による64年ぶりの快挙にも期待がかかった。残念ながら受賞は果たせなかったが、主演の花瀬琴音は「同じような問題がどの国にもあるからなのだと思うんですけど、国が違うはずなのに共感して同じ目線で見てくださった。それがとても嬉しかった」と述懐した。

映画祭を訪れた監督やキャスト、作品関係者たちにとって、チェコという国は日本から“遠いところ”。だが、チェコの人々にとっても『遠いところ』で描かれている世界は、日本という“遠いところ”の物語でしかない。それでも『遠いところ』の描く、格差・貧困・暴力といった社会問題が、自分たちの人生や暮らしと地続きなものであり、単なる“遠いところ”の問題でないと感じさせ、共感を得ながら、作品が熱狂的に受け入れられた功績は大きい。カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭では、これまでも塚本晋也監督や園子温監督が紹介され、昨年は濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』(21)や『偶然と想像』(21)が上映されている。今回の会期中には『遠いところ』のほかにも、早川千絵監督の『PLAN75』(22)や三宅唱監督の『ケイコ 目を澄ませて』(22)といった日本作品も上映された。

第56回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭

石田夢実/花瀬琴音/佐久間祥朗(『遠いところ』)

コロナ禍で2020年の第55回を断念せざるを得なかった(翌2021年に延期)経緯から一転、通常開催となった今回は映画祭ならではの華やかな一面もあった。例えば、『トラフィック』(00)でアカデミー助演男優賞に輝いたベニチオ・デル・トロと、『シャイン』(96)でアカデミー主演男優賞に輝いたジェフリー・ラッシュが、芸術貢献に対するクリスタル・グローブ賞を受賞。レッドカーペット周辺には、彼らの姿を一目見ようと多くの映画ファンが殺到した。ちなみに、ジェフリー・ラッシュは<ワールドプレミア>で『遠いところ』を鑑賞。会場で工藤将亮監督へ賞賛の言葉を贈っていた。また、作品上映の前には、映画祭が製作したショートフィルムを流すのが習わし。トロフィーを奪いに来た強盗を返り討ちにするメル・ギブソン、タクシーの運転手に受賞部門を勘違いされて不機嫌になるジョン・マルコヴィッチなど、過去に受賞したスターたちが嬉々として本人役を自虐的に演じているという趣向も歴史ある映画祭ならではだ。

■意図せぬ変化にこそ、映画祭の未来がある

第56回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭は、会期中170本の映画が上映され(計453回の上映)、12万1015枚のチケットを販売。414人の映画製作者、931人の作品関係者、530人のジャーナリストが参加した。最高賞に輝いたのは、イランとカナダの合作『Summer with Hope』(22)。ある事情から水泳大会に参加できなかった男性が、活動の場を求めて見つけたのは海での水泳レース。プールと海とでは勝手が異なるため、新たなコーチと共に全国選手権を目指すという物語。性的マイノリティが迫害されているイランで、果敢にも同性愛をテーマに盛り込んだ姿勢や繊細な描写が評価された。そして、女性の社会進出もまた未だ困難な社会情勢下で、映画製作に取り組んだ女性監督サダフ・フルーギは「私たちは暴力と差別に満ちた世界に暮らしています。私たちの物語が平和と静寂を導くことを願っています」とスピーチした。

映画の本場ハリウッドでは、『ノマドランド』(21)のクロエ・ジャオ監督、『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(21)のジェーン・カンピオン監督と、女性監督が2年連続でアカデミー監督賞に輝いている。ちなみに第94回アカデミー賞で作品賞に輝いた『コーダ あいのうた』(21)のシアン・へダーも女性監督だ。
そもそも、監督を男性・女性に分けることこそナンセンスだという議論があることは重々承知の上なのだが、ここ数年の社会動向の変化とともに、女性監督の作品数が増えてきた傾向には隔世の感がある。それに伴い、彼女たちの作品が高く評価され、興行的な価値をも見出すようになった経緯について異論はないだろう。

前出のカルロヴィ・ヴァリ国際映画祭アーティスティック・ディレクターのカレル・オフ氏に「今回の<コンペティション>作品監督の半分を女性が占めている」と指摘すると、「そんなはずはない」と言いながら、彼は監督の男女比を数え始めた。結果(共同監督作品を含めると)12作品中6作品が女性監督によるものだった。カレル氏は「本当ですね。意図して選んだのではなく、素晴らしい作品を選んだ結果こうなっただけなんですよ」と説明した。そういった意図せぬ変化にこそ、映画祭の未来があるのではないか。

第56回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭

石田夢実/花瀬琴音/佐久間祥朗(『遠いところ』)

[記事:映画評論家・松崎健夫/Takeo Mtsuzaki]

【出典】
56.MFF Karlovy Vary:https://www.kviff.com/cs/uvod
FIAPF:http://www.fiapf.org/intfilmfestivals_sites.asp

■フォトギャラリー

第56回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭(概要)

開催期間:2022年7月1日~7月9日
開催場所:チェコ共和国・カルロヴィ・ヴァリ
公式サイト:https://www.kviff.com/cs/uvod

映画『遠いところ』A Far Shore

沖縄の地で、貧困に晒され、暴力と隣り合わせで暮らす若い母親が、依存と自立との狭間で葛藤しながらも、自分の足で歩いていこうとする様を描く。カルロヴィヴァリ国際映画祭コンペティション部門でワールドプレミア上映された工藤将亮監督の長編第3作。

出演:花瀬琴音 石田夢実 佐久間祥朗
監督:工藤将亮 ( KUDO Masaaki )
日本 / 2022 / 128分 / 配給:ラビットハウス
©2022「遠いところ」フィルムパートナーズ

遠いところ

※本作は、10月29日から有楽町朝日ホールで開催される第23回東京フィルメックスにて、コンペティション作品として上映される。

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