【リム監督&兎丸愛美インタビュー】在日外国人と日本人は交わることのないパラレルワールドに住んでいる。『カム・アンド・ゴー』
インバウンドで表面的には国際色豊かに見える日本の都市。ただ、そこには決して交わることのないパラレルワールドが存在すると語るリム・カーワイ監督と、最新作『COME & GO カム・アンド・ゴー』に出演する女優・兎丸愛美に話を伺った。
大阪を拠点にしている中華系マレーシア人のリム監督は、そこに常住しているからこそ感じることのできる大阪の生きた都市の息遣い、異国の地で生き抜く外国人たちの過酷な現実、一方で孤独や生きづらさを感じている日本人たちにも視線を逸らすことなく、彼らのリアルを点描画のような表現スタイルで切り取っていく。
そのようにして作られた大阪3部作の最終作品である本作『COME & GO カム・アンド・ゴー』(以下『カム・アンド・ゴー』)は、大阪・キタを舞台に、中国・香港・台湾・韓国・ベトナム・マレーシア・ミャンマー・ネパール・日本の9カ国・地域の人々が、パラレルワールドのようにすれ違いながら、彼らの過酷な現実と儚い希望が交差する様が描かれる。
頭上の飛行機が鈍く光を放つ大阪の空の下、平成から令和に変わった今の日本でサバイブするリアルを旅する映画作家リム・カーワイが鋭く切り取った。
リム・カーワイ監督×兎丸愛美 インタビュー&撮り下ろしフォト
■日中関係の冷え込みによる人々の状況を描きたかった
-本作含めて、『新世界の夜明け』(2012)、『Fly Me To Minami 恋するミナミ』(2013)と、大阪三部作を撮ろうと思われたきっかけについて教えてください。
リム・カーワイ監督
きっかけは、日中関係の冷え込みによる人々の状況を映画で描きたいと思ったことです。
2010年、尖閣問題が起きて、日本と中国の関係が急に冷え込み、中国で反日騒動が起き、観光客もかなり減りました。そして、日本にいる中国人も、中国にいる日本人も差別受けることもありました。そういう日本と中国の関係、情勢も映画に取り入れようと思って作ったのが『新世界の夜明け』です。
その作品が完成したところで、大阪を舞台に、日本と東アジア、たとえば中国、韓国との関係を描く映画をもっと作れるんじゃないかと思って、その時、大阪3部作という構想が生まれたんです。
-大阪を舞台にされている理由は?
リム・カーワイ監督
僕はマレーシア出身ですが、日本の大阪にある大学に留学して、卒業後は東京で6年ほどサラリーマンをやってたんですが、会社を辞めて一度中国に行ったんです。それから映画の勉強を始めて、『新世界の夜明け』の企画を作った時に、大阪市の助成金で映画を撮れることになり、大阪を舞台に撮ることになりました。
その撮影通して、大阪の魅力を再発見したことと、映画を作りやすい街だと感じて、北京のアパートを引き払って日本に戻ってくることにしました。そして、大阪3部作を企画することしたんです。
-なるほど。
リム・カーワイ監督
ただ、『Fly Me To Minami 恋するミナミ』を作ろうとした時点でもまだ日本と中国の関係は回復するどころか逆に悪化していて、加えて、竹島問題もあって、日韓関係も悪くなっていました。日本に旅行にする中国人も韓国人も減っていました。
でも僕から見ると、国境の問題はバカバカしいと思っていて、中国人と日本人との恋の物語、韓国人と日本人との恋の物語を作ることにしたんです。
そして、3作目の『カム・アンド・ゴー』で、日本と東アジアの関係を描こうと考えました。
■永遠に交わらないパラレルワールド
-『カム・アンド・ゴー』の着想のきっかけは?
リム・カーワイ監督
『カム・アンド・ゴー』は、2018年頃に予算など制作の目処がついたんですが、この時は、僕が想像していたよりはるかに、日本と東アジアの関係が激しく変化していたんです。
先の2作品を作った時はまだインバウンドが始まってませんでしたし、日本の高齢化問題や労働力不足問題も今ほど深刻になっていなかった。
でも、2014年になって、安倍政権が誕生してアベノミクスが始まり、東京オリンピックも決まり、急に労働力不足問題が表面化してきて、ベトナム、ミャンマー、ネパールとか、そういう国と技術研修の契約が結ばれて、外国からたくさんの労働力が日本に来ることになりました。
さらにインバウンドが盛んになって、中国や韓国と日本との関係も改善されてきて、多くの観光客が来るようになりました。ビザの緩和もあって、東南アジアからの観光客も増えました。
2014年から、『カム・アンド・ゴー』を作る2019年までの5年間に、大阪だけでも海外から来る人々の数が5倍以上増えたわけです。世界から見ても、大阪はこの数年間で、観光客の増加率が高い都市になっています。
いきなり、たくさんの外国人が日本に行ったり来たりしていて、しかも、日本の日常生活にも溶け込んできて、たとえばコンビニに行っても、ベトナム人、ネパール人、パキスタン人など外国人の店員が増えてきました。
中国からも“爆買い”と言われた現象が起き、たくさんの中国人観光客が日本にやって来るようになりました。
それで、日本が急にニューヨークのような国際都市の様相を呈するようになってきたんです。地方だとまだまだかもしれませんが、東京や大阪だとそれが顕著になってきていました。同時に、日本というアイデンティティが薄まっていくような印象も感じました。
でも、一般の日本人はまだその変化に気づいていないか、気づいていたとしても、どのように対応すればいいかわからない。自分のことで精一杯ですから、外国人のことまでは無関心。そういう現象を、『カム・アンド・ゴー』に反映したいと思ったんです。
-その状況、すなわち、日本人は外国人に無関心なところがあり、同じように在日外国人も日本社会の変化に無関心なところがあって、そのことを監督は「永遠に交わらないパラレルワールド」と表現されていて、言い得て妙だと思いました。これは、日本だけの現象なんでしょうか?
リム・カーワイ監督
同じことは他の国、たとえば韓国や中国でも起きています。日本だけの問題ではなくて、様々な外国人が流入するいろんな国のいろんな都市で同じようなパラレルワールド現象が起きているんです。それぞれが自分たちだけのコミュニティ内で閉じて生きているんです。
-なるほど。『カム・アンド・ゴー』では、さらに、同じ中国系なんだけど、大陸側の中国人と台湾の中国人とが会話するシーンがあって、ここでもすれ違いが描写されていて興味深かったです。このシーンを入れられた理由は?
リム・カーワイ監督
自分も中華系の人間ですが、一言で中華系と言っても、いろんなバックグラウンドを持った人々がいるわけです。例えば、台湾人と大陸の人とは考え方がぜんぜん違う。あと、中国になった香港でも価値観や政治感も中国とはぜんぜん違う。僕は、香港人、台湾人の友だちもいっぱいいますが、普段仕事している上ではぜんぜん問題ありませんし平和に共存しています。ですが、いったん選挙や政治の話題になると、みんな熱くなるんです。興奮してケンカになることもあります。
そういった価値観や政治感が違う中国人が日本で出会うとどういう関係になるのか、僕はすごい興味を持って、是非それを撮りたいと思ってこのシーンを入れました。
■「監督の情熱に負けました」
-本作は、台本らしい台本が無かったと伺ってますが、撮影はどのように進められましたか?
兎丸愛美(マユミ 役)
はい、台本は無かったです。シーンごとに状況説明だけがあって、セリフもその場その場で伝えられる感じでした。
-映画のインタビューでよくある質問として、「最初に台本を読んだ時の感想と役作りは?」というのがありますが、本作ではそのプロセスはどのようなものだったのでしょうか?すなわち、オファーからOK出すところまでのことです。
兎丸愛美
以前にもお世話になった撮影監督の古屋さんから最初ご連絡がきたんです。リム監督という方がキャストを探していて、兎丸さんを薦めたって。
私は古屋さんを信用していたので、私が大阪に行く機会があった時に、リム監督とお会いすることになりました。そうしたらこんな感じのマシンガントークで(笑)
いろんな国の人が大阪で暮らしていく中での群像劇で、兎丸さんもその一人で貧困女子マユミだと、大まかなプロットは伺って、面白そうだなって思ったんです。ワクワク・ドキドキもしました。リム監督がこのテンションで話されるのもあって(笑)
-今日お会いしただけでも、リム監督の情熱はすごい伝わってきます。
兎丸愛美
そう、そうなんです!リム監督の情熱に私は負けました(笑)
-台本が無い中、いわゆる役作りというのはされたのでしょうか?
兎丸愛美
役作りはしていないですね。徳島からやってきた貧困女子という最低限の情報を監督から仕入れて、マユミに起こるいろんなことを経て強くなっていく、ということなので、私も試行錯誤しながら演じてました。
-兎丸さんはマレーシア出身のJ・C・チーさんとの共演シーンが多いですが、外国の方との共演は初めてですか?
兎丸愛美
初めてです。
-チーさんとの共演はいかがでしたか?
兎丸愛美
チーさんはとても優しい方で、言葉は通じなくても優しさが滲み出てるんです。劇中のキャラクターそのままで、優しくて誠実な方で、やりづらいというのはなかったです。
-兎丸さんは「他人の存在に気づけた私は少しだけ優しい人になれたような気がします」とコメントされていますが、兎丸さんとしては、ある種の群像劇でもある本作の魅力をどのように思われていますか?
兎丸愛美
いろんな国の人が出てくるので、別世界の人という見方をする人もいるかもしれませんが、そんなことはなくて、ひとまとめで“人間ってやっぱりいいな”“みんな愛おしいな”っていう気持ちにこの映画はさせてくれました。
■「兎丸さんは素朴さの中に強い意志を感じる」
-本作はアジア地域出身の方が多く出演されてますが、キャスティングはどのようにして?
リム・カーワイ監督
メインのキャラクターは14人いますが、僕がイメージしていたのは、ロバート・アルトマン監督の『ショート・カッツ』(1993)という映画です。この映画はロサンゼルスを舞台に22人の登場人物の人間模様が描かれています。
で、大阪4回、東京2回オーディションをやって、400人くらいの俳優さんを面接しました。日本人も外国人も。
でも、僕が考えていたイメージに合うキャラクターの方が少なくて、その中でこの人だ!って感じたのは、沖縄出身のAV監督演じる尚玄さん、日米ハーフの青年を演じる望月オーソンさん、ミャンマーの留学生を演じるナン・トレイシーさんです。
でも、もともとは沖縄出身でもなく、日米ハーフでもない設定だったんですが、彼らの自身に合わせてキャラクター設定を変えたんです。
でもまだあと十数人を決めないといけないので、僕のネットワークをフルに使って、俳優さんを紹介していただきました。
その一人が、台湾の李康生(リー・カーション)さんです。彼は国際的に有名な俳優さんで、決まった時はとても嬉しかったです。
そして、日本人俳優の方として是非知名度のある方ということで、日本語教師役の渡辺真起子さん、昔から知り合いの千原せいじさんにお願いしました。
-兎丸さんのキャスティングはどうやって決まりましたか?
リム・カーワイ監督
マユミ役は、なかなかイメージに合う俳優さんがいなくて、最後まで決まらなかった一人です。
そんな中、撮影監督の古屋さんが兎丸さんを紹介してくれたんです。で、『三つの朝』(2017/撮影:古屋幸一)を観て、すごくいいなって思って、更に、『シスターフッド』(2019)も観て、「絶対に兎丸さんしかいない!」って思ったんです。ですぐに彼女にお願いしました。
-リム監督から見て、兎丸さんの魅力は?
リム・カーワイ監督
素朴さです。そしてその素朴さの中に強い意志を感じるところに惹かれました。
初めてお会いした時も、これまで僕が接してきた日本の女優さんと違って強さを感じました。
で、撮影していくうちに、だんだん、チャン・ツィイーに似ているなとも思えてきたんです(笑)
※インタビュー前の雑談でも、リム監督は「兎丸さんはチャン・ツィイーに似てる!」って連呼されてました。
兎丸愛美
(笑)
リム・カーワイ監督
いろんな表情ができる女優さんということもありますし、素朴さと純粋さ、芯が強い、そしてすごい艶もある。妖しい部分も持っている。たくさんの魅力があると思っています。今度はその妖しい部分を是非引き出したいと思っています。
■「リム監督は子どもみたい」
-兎丸さんはリム監督の現場はいかがでしたか?
兎丸愛美
すごい楽しかったです。監督はすごい純粋な方なんですよ。ほんとにただ映画を撮りたいから、好きなことはなんでも言うんですよ。あれもやりたい、これもやりたいって。で、その度に古屋さんから「それはできません」とちょっとお叱りも受けて、監督がしょんぼりしてることも(笑)
そういう現場で、スタッフもリム監督がやりたいことに頑張って付いていこうとしてる姿も見えましたし、私もモチベーションが上がりました。
-リム監督は情熱も感じますし、少年っぽいところもあるような気がします。
兎丸愛美
そう!ほんとに少年っぽいですよ。子どもみたいな(笑)
■新たな大阪3部作を!
-リム監督は大阪3部作を撮られましたが、今後取り組みたいテーマはありますか?
リム・カーワイ監督
大阪を舞台にして映画を作るのは『カム・アンド・ゴー』を最後にしようと思っていたんですが、その後、誰もが想像しなかったコロナ禍になって、『カム・アンド・ゴー』で描かれている世界が急に消えてなくなってしまったんですよね。国を超えての人々の往来がなくなって、そしてこういう危機を人々がどう生きているかということに関心を持って、この1年半さまざまなことを観察していくうちに、いろいろなアイディアも浮かんできました。
ですので、コロナ禍が落ち着いたら、また大阪でも撮影できると思いますから、コロナ禍の後の新たな大阪3部作を作れる気がしています。
兎丸愛美
めっちゃ作る!(笑)
リム・カーワイ監督
でもこれまでの3部作とは明らかに違うものになると思うんです。アフターコロナの世の中はそれ以前とまったく同じようにはならないと思うからです。
もちろんどうなるかは自分もわからないですけど、大阪万博もありますし、また大阪でいろんなことが起きるだろうと思っていますので、それをテーマに映画にしたいと思っています。
■最後にメッセージ
兎丸愛美
あっという間の159分なので、いろんな人を観察するような気持ちでフラットに観ていただければと思います。
リム・カーワイ監督
159分って長いって思うかもしれませんが、最初の30分をご覧いただければあとはぜんぜん長さは感じなくて、最後まで一気に観れると思います。それぐらいの面白さがある映画です。
登場人物がたくさんいるので、最初はそれぞれを追うのが大変かなとも思われるかもしれませんが、ある時点からすべてがリアルに見えてきて、入り込めると思います。そして観終わったらもう一度観たくなるとも思います。是非、何回も劇場でご覧ください。その度にいろんな発見があると保証します。
■撮り下ろしフォトギャラリー
[インタビュー&写真:桜小路順]
■プロフィール
リム・カーワイ Lim Kah Wai
マレーシア生まれ。大阪大学卒業後、通信業界で働いた後、北京電影学院に進学。
卒業後、北京にて『アフター・オール・ディーズ・イヤーズ』(2010年)を自主制作し、長編デビュー。監督作品は『マジック&ロス』(香港)、『新世界の夜明け』(日本)、『恋するミナミ』(日本)、2016年には中国全土で一般公開された商業映画「愛在深秋」のメガホンをとり、最新作はバルカン半島で自主制作した『いつか、どこかで』など、数多くの作品を手掛けている。
過去の作品は東京、大阪、台湾、ニューヨークのアート系劇場で特集を組まれたり、日本でも全国一般劇場公開されている。
兎丸愛美 Usamaru Manami
1992年4月16日生まれ。2014年ヌードモデルとしてデビュー。
2017年ファースト写真集『きっとぜんぶ大丈夫になる』を発売し、東京・大阪・台湾にて写真展が開催される。2020年に写真集『羊水にみる光』『しあわせのにおいがする』が発売された。
2016年以降女優としても活動しており、多数のMVや映画『三つの朝』『アンチポルノ』『シスターフッド』『海辺の途中』『きみは愛せ』などにも出演している。
映画『COME & GO カム・アンド・ゴー』
STORY
桜の花の蕾が膨らんで、満開の季節の訪れを誰もが感じている大阪・キタ。 中崎町にある古い木造のアパートで、白骨化した老婦人の死体が発見された。警察は実況見分で、アパートの周りの捜査や関係者へ事情聴取を行っていた。孤独死なのか、または財産絡みの謀殺なのか、いろいろな噂が飛び交っている。
そんな中、中国、台湾、韓国の観光客、マレーシアのビジネスマン、ネパール難民、ミャンマー人留学生、ベトナム人技能実修生などの外国人たち、彼らとの日常を共有している日本人たちの三日間の小さな出来事の断片が、大阪の中心、梅田北区、通称《キタ》と呼ばれる限られた地域の中で人知れず起きている。
時に滑稽で、時にもの悲しく、時に倒錯的に・・・。
事件の調査が終わりを告げるとき、この間に彼らに起きた様々な人生の岐路も新たな展開を迎えようとしていた。
出演:リー・カーション リエン・ ビン・ファット J・C・チー モウサム・グルン ナン・トレイシー ゴウジー イ・グァンス デイヴィッド・シウ 千原せいじ 渡辺真起子 兎丸愛美 桂雀々 尚玄 望月オーソン
撮影:古屋幸一
プロデューサー・監督・脚本・編集:リム・カーワイ
エグゼクティブプロデューサー:毛利英昭 / リム・カーワイ
制作協力:KANSAIPRESS / 株式会社リンクス / Amanto Films
製作 : Cinema Drifters LLC
宣伝 : ムービー・アクト・プロジェクト
配給 : リアリーライクフィルムズ / Cinema Drifters
[2020年製作/158分/日本語・英語・韓国語・中国語・ベトナム語・ミャンマー語・ネパール語など/ビスタサイズ/5.1ch/DCP・Blu-ray]
©cinemadrifters
公式サイト:www.reallylikefilms.com/comeandgo
公式Twitter:@comeandgo_LKW
予告編
11月19日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷 他にて全国順次公開
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