
伝説の刑事たちが50年ぶりに集結!『Gメン’75』舞台挨拶で語られた過酷過ぎる撮影秘話と丹波哲郎伝説【詳細レポート】
2026年8月1日、東京・日本橋の東京証券会館ホールにて、不朽の名作刑事ドラマ「Gメン’75」の放送50周年と、全話HDリマスターBlu-ray BOXの発売を記念したスペシャルイベント「帰ってきたGメンたち」が開催された。(動画&フォト)
会場では屈指の人気を誇る香港ロケ編(第201話・第202話「Gメン対香港カラテ軍団」)の上映が行われ、その後の舞台挨拶には、倉田保昭、伊吹剛、岡本富士太、藤田三保子という、歴代のメインキャストたちが奇跡の集結を果たした。司会は読売新聞記者の鈴木美潮が務め、当時の過酷な撮影秘話や爆笑エピソードが次々と飛び出した。なお、4人が一堂に会するイベントは今回が初めてとなる。
「Gメン’75」は、1975年から7年間にわたり放送された刑事ドラマの金字塔だ。 警視庁から独立した特別潜入捜査班「Gメン」が、国内外の凶悪犯罪に挑む姿をハードボイルドに描いた。
滑走路を横一列に歩くタイトルバックや、香港ロケでの空手アクションは伝説となり、最高視聴率32.2%を記録。
ボスの丹波哲郎をはじめとする名優たちの圧倒的な存在感に加え、生活感を排除したスタイリッシュな演出や社会派の重厚な人間ドラマが特徴だ。 放送50周年を迎え、全話HDリマスター版Blu-ray BOXが発売されるなど、今なお不朽の名作として愛され続けている。
《登壇者の紹介》
草野刑事(倉田保昭)
第1話~第202話「Gメン対香港カラテ軍団 PART2」まで登場。警視庁捜査四課から、Gメンに加入。歴代Gメンの中でも最強の武闘派で、空手を得意としている。本名は汪雲龍。香港の地で生きることを選び、Gメンを去った。
中屋刑事(伊吹 剛)
第105話「香港-マカオ 警官ギャング」より登場。警視庁捜査一課から、上司だった立花警部補(若林豪)とともにGメンに加入。第253話「白バイに乗った暗殺者たち」より、警部補に昇進。第306話「サヨナラGメンの若き獅子たち!」にて、古巣の捜査一課へ戻る形で、Gメンを去った。
響圭子刑事(藤田三保子/当時:藤田美保子)
第1話~第103 話「また逢う日まで響圭子刑事」まで登場。警視庁外事課から、Gメンに加入。数多くの事件の捜査に関わる中で、精神的なダメージを受けることも多かったが、常にそれを乗り越えてきた。インターポールへの転属という形で、Gメンを去る。
津坂刑事(岡本富士太)
第1話~第104話「77・5・14 津坂刑事殉職」まで登場。警視庁捜査一課から、上司だった関屋警部補(原田大二郎)とともにGメンに加入。警官だった父の殉職をきっかけに刑事を志したが、皮肉にも、自らも殉職を遂げた。
イベントレポート
■動画ダイジェストレポート
■フォト【詳細】レポート
鈴木美潮(司会/読売新聞記者)
皆様、本日はイベントにお越しいただきありがとうございます。私は司会進行を務めます、新聞記者の鈴木美潮です。番組が始まった当時は小学生だったので、まさか自分がここでマイクを握るとは思わず、今日は感極まって泣き出しそうなほど緊張しています。
第一部:倉田保昭、香港ロケの「ハッタリ」を明かす
‐ 今、大迫力の「G対香港空手軍団」をご覧いただきましたが、いかがでしたでしょうか。この興奮が冷めぬうちに、最初のゲストをお迎えしましょう。47年前、香港の街に消えたあの男が東京に帰ってきました。草野刑事役、倉田保昭さんです!
倉田保昭(草野刑事/汪雲龍 役)
はい、汪雲龍(ワン・ユンロン)こと、倉田保昭です。帰ってきました!
‐ 倉田さん、今上映された第201話・第202話をご覧になって、いかがですか?
倉田保昭
そうですね……やっぱり、自分から「辞める」と言って番組を去るんですけど、最後の香港の埠頭で撮る時は、やっぱり寂しかったですね。
‐ 寂しさがあったんですね。
倉田保昭
「俺はなんで殉職しないんだろう」と思ったりね(笑)。まだまだ続けたいような、どこへ行くのかなという感じがありました。
‐ アクションが本当に凄まじい作品でした。ラストのダブル回し蹴りからの前蹴りでのトドメなど、覚えていらっしゃいますか?
倉田保昭
実は昨日、家で観返したんですが、「卑怯な技を使ってるな」と反省しました。相手に対してもっと肉弾戦でやるべきだったなって(笑)
‐ いえ、迫力満点でしたよ! 敵役のヤン・スエ(楊斯)さんとのやり取りはどうでしたか?
倉田保昭
当時のヤン・スエは僕の言うことをよく聞いてくれて、「こういう時はこうやるんだよ」と教えると黙って従っていました。ただ、彼はスタイルの変更を提案してきましたね。「俺は(前作で)お前に殺された兄貴の敵として来ているんだから、スタイルを変えないとおかしいだろう」って。なるほど、と思いました。
‐ 劇中のヘロイン中毒の演技も凄みがありましたが、何か参考にされたんですか?
倉田保昭
何もありません。今見ると「オーバーじゃないか?」と恥ずかしいくらいです。
‐ でも、当時の視聴者には薬物撲滅への絶大なメッセージになったはずです。そしてラストシーン、タイトルバックが流れず群衆の中に倉田さんが消えていく演出も味わい深かったですね。
倉田保昭
僕は今でも香港に行くと、ある「スイッチ」が入るんです。スイッチが入るとのびのびしちゃうというか。街を歩いているとみんなが手を振ってくれるんですが、(役柄上)知らんぷりして歩かなきゃいけなくて。でも無視する男だと思われたくないから、腰のあたりでこっそり手を振ったりしていました。
‐ 倉田さんは全4回の香港ロケで主導的な役割を果たされたそうですが、出演以外にも色々とされていたとか。
倉田保昭
プロデューサーに「香港ロケなら僕が全部やりますから」ってハッタリをかませちゃったんですよ。だから、制作に僕の友達のロバート・チェーンを使って、スタッフの食事のレストランの手配まで僕が命令してやっていました。でも自分はアクションの型も考えなきゃいけないから、「そんなことまで俺に言うなよ!」と思うこともいっぱいありました(笑)
‐ それがあったからこそ、当時の「無法地帯」と言われた九龍城砦などでの撮影も成立したんですね。
倉田保昭
九龍城砦は普通なら絶対撮れない場所です。はぐれたらアウトですから、スタッフもキャストも全員で手を繋いで中に入って撮影しました。あの思い出は非常に強いですね。
第二部:伊吹剛登壇、命がけの「偽物時計」事件
‐ ここで2人目のゲスト、中屋刑事役の伊吹剛さんです!
伊吹剛(中屋刑事 役)
中屋刑事役をやりました伊吹剛です。今日はよろしくお願いします。
‐ 伊吹さんと倉田さんは久しぶりですか?
伊吹剛
えっと、もう半世紀くらい前かな?
倉田保昭
嘘(笑)。でも40年は経ってるね。
伊吹剛
15年前くらいに一度会った気がするけど、もうだんだん覚えてないことが増えてきまして(笑)
‐ 伊吹さんの登場回もいきなり香港ロケでしたが、当時の思い出は?
伊吹剛
僕は京都にいたんですが、いきなり羽田から香港へ飛ばされて。レギュラーの皆さんとも会ったことがなくて、緊張のしっぱなしでした。しかも本編に入ったら、やられっぱなしで(笑)
倉田保昭
(割り込んで)伊吹ちゃんは柔道の有段者なんですよ。だから「ここで俺を投げていい?」と聞くと、本当にしっかりした投げ技を返してくれた。中屋刑事がいてくれて、香港ロケは本当に助かりました。
伊吹剛
倉田さんはかっこいいけど、僕と藤木悠さんはもうヘロヘロでした。芝居しながら「この人とだけは絶対喧嘩できねえな」って思いましたよ。
倉田保昭
あの頃は僕も伊吹ちゃんも「肉体派」でしたから。休憩時間は演技の勉強より、相撲大会や腕相撲大会ばかりやっていました。若林(豪)さんも藤木さんもみんな力強かったから。
伊吹剛
芝居は二の次でしたもんね(笑)
‐ そんな(笑)。香港ロケではヘリから吊るされるシーンもありましたね。
伊吹剛
とにかく「きつかった」ことしか覚えてないです。本当にもう香港には行きたくなかった。
‐ ええっ、そこまでですか!? 何が一番きつかったんですか。
伊吹剛
ずっと仕事しっぱなし。飲みに行く時間なんて全くない。一度だけ、九龍近くの狭い路地を一人で歩いたんですが、戻ったらみんなに「よく生きて帰ってこれたな!」と本気で怒られました。
倉田保昭
当時、伊吹ちゃんが一人で時計を買ってきたことがあったよね。
伊吹剛
そうそう。
倉田保昭
僕はひと目で偽物だって分かったんだけど、彼、日本に帰る直前にその時計が止まっちゃって(笑)。「あそこに行って取り替えてきてくれよ!」って怒ってたよね。
伊吹剛
日本に帰ってきて2日で止まりましたよ(会場爆笑)
第三部:オリジナルメンバー集結!
‐ ここでさらに豪華なゲストをお呼びしましょう。オリジナルメンバー、津坂刑事役の岡本富士太さん、響圭子刑事役の藤田三保子さんです!
藤田三保子(響圭子刑事 役)
藤田三保子です。こんにちは。
岡本富士太(津坂刑事 役)
岡本富士太です。……あの、ちょっといいですか? 皆さん、正しい拍手の仕方をご存知ですか? 心を込めて叩くんです。手は肩幅くらいで、早からず、遅からず。……(観客と一緒に拍手の練習)……ありがとうございます。私たちも心を込めてお話しします。
‐ ありがとうございます(笑)。これで4人が揃いましたが、伊吹さんとお二人は出演時期が被っていないんですよね。
伊吹剛
全くありません。東映の撮影所ですれ違ったくらいで、今日がほぼ初対面です。
‐ 倉田さん、藤田さん、岡本さんの3人が集まるのはいつ以来ですか?
岡本富士太
おそらく1997年頃のテレビ番組の同窓会以来じゃないですかね。
‐ 岡本さんと倉田さんは前作『バーディー大作戦』でも共演されていましたが、お互いの第一印象は?
岡本富士太
最初の印象はね、くらっちゃん(倉田さん)は日本人じゃないのかなと思った。雰囲気がギラギラしていて。
岡本富士太
懐かしいね。ある時、ごさくちゃんがフランスの「シトロエン」っていう見慣れない車に乗ってきて。
倉田保昭
僕は真っ赤なポルシェを買ったんです。岡本さんを乗せたくてしょうがなかったんだけど、ロケ現場に行くと子供たちの手垢の指紋だらけになっちゃって(笑)
岡本富士太
乗せてもらったのはいいけど、日本の道は混んでるでしょう。ポルシェなのにローとセカンドしか入らない。「なんでスピード出ないの?」って聞いたら、倉田さんが「(ギアが)入らねえんだよ!」って(笑)
朝から朝まで!「ブラックすぎる」撮影現場の実態
‐ お話を「Gメン」に戻しますが、藤田さんは初代女性Gメンとして、大変なことも多かったのでは?
藤田三保子
一番大変だったのは、拘束時間がめちゃくちゃ長かったことです。「朝から晩まで」と言いますが、Gメンは「朝から朝まで」でした。
‐ 朝から朝まで、ですか。
藤田三保子
朝7時に新宿駅前集合だと、5時には起きなきゃならない。終わるのが深夜の24時、25時、26時なんてことが当たり前でした。
倉田保昭
僕や岡本さんは自家用車を持ってたから、出番が終わるとさっさと帰っちゃうんです。
藤田三保子
私は新人だったから車がなくて、スタッフと一緒にロケバスで大泉の撮影所に帰って、それから自宅へ。家に着くのが深夜26時で、また6時には起きる。そんな生活が2年間続きました。
‐ ワークライフバランスの真逆、今の時代なら大問題ですね。
伊吹剛
僕の時代もそうでしたよ。僕は4年やりましたけど、そのうち2回は現場で正月を迎えました。
藤田三保子
あらあ、そうでしたか。
伊吹剛
朝2時に終わって、新宿西口の集合時間が6時や7時。一度家に帰るのも大変だから、西口に車を止めてそのまま寝るんです。すると朝、スタッフが車の窓をコンコンと叩いて「朝ですよ」って。そのまま現場に行く。
‐ なかなかブラックな現場だったんですね……。
伊吹剛
昔は今よりずっと緩かったですからね(笑)
‐ 壮絶な思い出ばかりですが、それだけの熱量があったからこそ、50年経った今もこうして皆さんに愛される名作になったのですね。
伝説のボス・丹波哲郎の素顔
‐ Gメンを語る上で避けて通れないのが、やはりボスの丹波哲郎さんです。現場を共にされた皆様、どんなことが記憶に残っていますか?
藤田三保子
ゲスト主役の女優さんが来ると、丹波さんは必ず座ったままその方を前に立たせて、お尻を触りながら「お前にはいい守護霊がついているな」って仰るんです(笑)
一同
(笑)
藤田三保子
でも、それには理由があるんです。どんなベテラン女優さんも、長く続いている番組にゲストで来ると凄く緊張されている。丹波さんがそうやって笑わせることで、みんなの緊張がふわーっとほぐれて、いい雰囲気で撮影に入れるんです。本当は凄く細やかな気配りをされる方なんだなと思っていました。
倉田保昭
やっぱり、丹波さんがいなかったらGメンは成立しませんでした。役者が揃っていればいいという番組ではなく、丹波哲郎という大きな大黒柱がいて、僕らがいる。あの存在感こそが番組の格を支えていました。
伊吹剛
僕はボスから「伊吹、もうすぐ富士山が爆発するぞ」なんて話を真面目に聞かされたりしました(笑)。あと、高速道路で警察官に止められた時、免許証を見せろと言われて「俺はGメンの丹波だ」って答えたら、白バイ隊員に「それがどうしたんですか?」って返されたっていう……そんな話ばかりいっぱいあります。
岡本富士太
丹波さんといえば、セリフを覚えてこないことで有名ですよね。たまに覚えてくると、人のセリフだったりする(笑)。「なんで覚えないんですか」と聞いたら、「俺は仕事を家庭に持ち込まない主義だ。だから仕事(セリフ暗記)はここでやるんだ」って堂々と仰るんです。
‐ まさに伝説ですね。
岡本富士太
山城新伍さんがゲストの時、Gメンルームで山城さんがタバコを吸っていたら、丹波さんが「グッドモーニング」って入ってきて、本当に驚いた顔で「お前、なんでここにいるんだ?」って聞いたんです。山城さんも「おっさん、脚本読んでねえから知らねえんだろうけど、1ページ目見てみろよ! 俺の名前が印刷してあるだろ!」って怒って(笑)
一同
(爆笑)
岡本富士太
深作欣二監督の時も凄かった。丹波さんはカメラから見えない場所に台本を置くんですけど、深作さんがそれを察して「カメラこっちだ」ってわざと動かす。すると丹波さんも負けじと台本を動かして「しっかり決めろ! お前の仕事だろ!」って怒る。深作監督も「セリフ覚えるのがあんたの仕事だろ!藤田、お前、一番ギャラ安いんだから、一番高い丹波さんにセリフを教えてやれよ」なんて言い合って。それくらい丹波さんは本を読んでいませんでした。
響刑事・新橋のラーメン屋2階での死闘
‐ 藤田さんに伺いたいのですが、響刑事の主役回は今でも人気が高いです。特に印象に残っているエピソードはありますか?
藤田三保子
新橋のラーメン屋さんの2階を借りて撮影した「Gメン皆殺しの予告」ですね。深作欣二監督だったのですが、場所の都合で「夜11時までしか使えない」と言われて、みんな「早く帰れる!」って喜んだんです。ところが、それが地獄の始まりでした。
‐ と言いますと?
藤田三保子
朝7時から撮影開始。夏で暑いのに、本番中はクーラーの音が入るからと止められ、窓は光が入らないよう黒幕で密閉。その中で、なんと1日に300カットも撮ったんです。
‐ 1日に300カット! テレビドラマの常識を超えていますね。
藤田三保子
小道具さんに「今、300カット撮ったみたいだよ」と言われて、その凄まじさに驚きました。照明やカメラの位置を何度も変えながら、まさに執念の撮影でしたね。
津坂刑事・殉職の裏側とボスの優しさ
‐ 岡本さんが演じた津坂刑事は第104話で殉職されました。この回については何か覚えていますか?
岡本富士太
僕は倉田さんや伊吹さんと違って「演技派」を自称していましたから(笑)、アクションはあまり得意じゃなくて。色々な方に相談して、そろそろ役者として他のジャンルにも挑戦すべき「潮時」かなと思って、丹波さんに降板を相談しに行ったんです。
‐ ボスは何と仰ったんですか。
岡本富士太
「分かった、ギャラ上げてやる」って(笑)「いや、そういう話じゃないんです」と。相談する相手を間違えたなと思いました。
‐ 実際の殉職シーンはいかがでしたか。
岡本富士太
高いところから落ちて死ぬシーンですが、丹波さんは本当に優しいんです。僕が倒れている時、耳元でボソッと「これからが本当だぞ。卒業しても頑張るんだぞ」って囁いてくれたんです。あの太い声で。あれは本当にありがたかったですね。
倉田保昭
(割り込んで)僕らが何も言わなかったのは、岡ちゃんが凄く芝居に入り込んでいたからなんですよ。邪魔しちゃ悪いと思って。
過酷なアクションと現場の熱量
‐ 伊吹さんも肉体派として、山梨の崖を登ったりと危ない撮影が多かったですよね。
伊吹剛
221話ですね。今ならコンプライアンス的に絶対アウトな絵面ばかりやらされました。
‐ 伊吹さんは丸4年出演されましたが、初期と後期で現場の雰囲気は変わりましたか?
伊吹剛
最初の頃はスターさんばかりで緊張しましたが、倉田さんは優しかった。ただ、プロデューサーはずっと同じ近藤(照男)さんですし、僕はスタッフに嫌われていましたから、雰囲気はほとんど変わりませんでしたね(笑)
なぜ「Gメン’75」は50年経っても愛されるのか
‐ 放送から51年経った今、これほどまでに支持され、Blu-rayが発売される理由を皆様はどうお考えですか?
倉田保昭
正直わかりません。まさか50年後もこうして見てくれる人がいるなんて、当時は思ってもいなかった。もし分かっていたら、もっと真剣に一生懸命やっていたのに、という後悔はあります(笑)
伊吹剛
台本がしっかりしていたし、撮影に時間をかけていました。今の時代、これだけ熱量の高い作品をもう一度作れと言われても、まず無理でしょうね。
岡本富士太
それはもう、出演者が良かったからですよ。これに尽きます!
藤田三保子
私が思うのは、スタッフの方々のプロ意識です。当時は映画出身のスタッフが多く、フィルム撮影でした。アフレコをする時間がなかったので全部同録。周囲の虫の声や車の音も全部入っていましたが、1カット1カットに対する照明やカメラのこだわり、良いものを作るんだという気概が、今の映像からも溢れ出しています。
岡本富士太
あと、凄く「お洒落」なものを作ろうとしていましたよね。畳は映さない、食事シーンもほとんどない。靴の裏すら見せないように撮る。生活感を排除して、アラン・ドロンのフランス映画のような、ハードボイルドでスタイリッシュな世界観を目指していた。その美意識が、今見ても古びない魅力になっているんだと思います。
クロージングメッセージ
倉田保昭
本日は暑い中ありがとうございました。宣伝になりますが、今、新宿武蔵野館などで私の出演映画『夢語(ゆめがたり)』が上映されています。明日は立川と横浜に伺いますので、ぜひそちらもよろしくお願いします。
伊吹剛
こうしてまた『Gメン’75』に日が当たって嬉しいです。本当に良い作品ですので、できればTBSさんで第1話から毎週再放送してほしいですね。皆さん、ぜひTBSにプレッシャーをかけてください(笑)
岡本富士太
今日はお集まりいただきありがとうございました。またいつか、このメンバーで集まれる機会があればいいなと心から思っています。
藤田三保子
50年経っても愛し続けてくださるファンの皆様に、心よりお礼を申し上げます。私は毎年銀座で個展を開いていますが、最終日には熱烈なファンが当時のGメンTシャツを着て集まってくれるんです。最初は「50過ぎた男たちが、バカバカしくて面白いわね」なんて思っていましたが、今は本当にありがたい存在です。これからもGメンを愛してください。
伝説の刑事たちの言葉に、会場は鳴り止まない拍手に包まれた。この熱いトークの模様は、2027年3月発売の「1979年編」Blu-ray BOXに特典映像として収録される予定だ。
《イベント内で上映された、201話、202話「G メン対香港カラテ軍団」概要》
脚本:高久進、監督:小松範任、出演:丹波哲郎、若林豪、倉田保昭、伊吹剛、森マリア、藤木悠、中丸忠雄
<ゲスト>楊斯(ヤン・スー)、沢井桃子、横森久 ほか <声の出演>飯塚昭三
第1話から登場していた、Gメンのオリジナル・メンバーのひとり、草野刑事がGメンを去るまでを描いた前後編。香港を舞台に、草野刑事役・倉田保昭が大活躍を見せる。草野の宿敵として、第 175・176 話の香港ロケ編で草野に倒された仔瑞興の弟・仔永祿が登場。演じるは香港の悪役スター・楊斯(ヤン・スー)で、倉田との対決シーンは放送当時、大きな話題を呼んだ。
【STORY】
Gメンの草野刑事(倉田保昭)が幼いときに中国大陸で生き別れとなった父親が、いまでも香港で生きているという情報が入った。草野は早速、黒木警視(丹波哲郎)の許しを得て、香港へと向かい、孫明生こと父・吾一(横森久)と再会を果たす。そして日本へ一緒に帰ろうと提案するが、孫老人はなぜか、その申し出を頑なに拒むのだった。やがて孫老人が香港コネクションによって拉致されてしまい、草野はGメンを裏切ることに。だが、そんな草野に深く恨みを持つ者たちがいた。恐怖の香港カラテ軍団が、草野の命を狙う……!
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[動画・写真・記事:三平准太郎]
「Gメン’75 全話 HD リマスターBlu-ray BOX」
●1975年編/発売中 35,200円(税込)
●1976年編/9月9日(水)発売 57,200円(税込)
発売・販売:東映ビデオ
コピーライト:©東映
商品ページ:https://www.toei-video.co.jp/special/gmen-complete/
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